曽野綾子さんとモハウ・ペコ駐日南ア大使の対談

曽野綾子さんとモハウ・ペコ駐日南ア大使の対談が、
「新聞コラムの真意」と題して、
BSフジLIVE プライムニュースで、2015年3月6日(金)20:00から11分間放送されました。
 見逃しましたが、BSフジLIVE プライムニュースのホームページに、テキストアーカイブとして、文字起こしされています。
http://www.bsfuji.tv/primenews/text/txt150306.html


遠藤キャスター
産経新聞の2月11日付朝刊に掲載された曽野さんのコラムが波紋を広げています。コラムの前半は、今後、日本は労働者移民を認めて、移民を法的に守らなくてはいけないとしています。
 コラムの後半では、『ここまで書いてきたことと矛盾するようだが、外国人を理解するために、居住を共にするということは至難の業だ。20〜30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人と分けて住む方がいいと思うようになった』と述べたうえで、南アフリカで白人だけが住んでいたマンションに黒人も住むようになったが、大家族主義の黒人が、一部屋に20人、30人で住み、水が出なくなってしまったという事例をあげ、最後に、『爾来、私は言っている、人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし、居住だけは別にした方がいい』とコラムを結んでいます。
 ペコさんは、コラムを最初に読まれた時の印象はいかがでしたか?」
 
ペコ氏
「私の最初の印象ですが、このような政策を引用するということは、これは分離をする、住んでいるところを。それぞれの違った人達に対して、これは人種とか、民族に基づいて別に住むべきというのは、アパルトヘイトの法律と南アフリカを想起させるものだということです。黒人、白人、アジア系とか、混血の人達が違ったところに、法律によって住むべきだということになっていた。黒人の人は他のところに住むことができなかったという時代を思い起こさせるものだということです。悲劇的な時代のことを想起させるものでした。
 それで私は南アフリカ大使として、これは残念なことだと思ったんです。このような提案がされたということで日本での労働移民にそういうようなことが言われるのは残念だと思ったんです」

 
反町キャスター
「曽野さんはその部分、どういう気持ちでコラムを書かれたのですか?」
 
曽野氏
「私、大使に感謝を申し上げたんです。いちはやく、私がお会いしに行きたいと言ったら、お時間を頂戴したし、本当にありがたく思っている」

 
反町キャスター
「と言うことは、直接会うのは、今日は2回目?」
 
曽野氏
「そうです。お忙しいということをわかっていましたのに、来いとおっしゃっていただいて、大変ありがたかったんです。
 これは、私は、言い訳ではないんですけれども、私は区別と差別というものは違うと思うんです。私は作家として、いつも1 人1 人の人のことを区別している。区別というか、この方はどういう方だ、何を思っていらっしゃるのかと。これを自動的にやり続けている。差別というのは政治的な表現だという気がするんです。政治的に絡めてやったって小説は全然書けないです。反町さんと別の男の方がどうお違いになるのかということが小説になる。
 ですから、そういうことをやり続けていますので、1991年に初めて寄せていただいた、このお国に。その時には既に悪名高いアパルトヘイトの法律というのが、1991年に廃止されていましたけれど、その前から、私は事実上、本当に皆やっていないような気がするんです。ですから、私が皆から聞かされたアパートというか、マンションのケースが出てきた」

 
反町キャスター
「コラムに出てきたやつですね?」
 
曽野氏
「そうです。私は、このマンションがどこか知らないです。誰かに嘘をついたと言われれば、仕方がないですけれども、既にこういうマンションが出てきたということは、現実的には、ネルソン・マンデラ氏は自由になっておられましたし、私が行った時には。翌年にノーベル賞を貰っていらっしゃるとすれば、皆がその気運になっていた。
 アパルトヘイトのようなものは、1991年に廃止されたわけですので、気運はなくなっちゃっていたんです。ですから、こういうマンションも出てきたとして、この噂話だか、本当だかわかりませんけれども、私の耳に入ったんだと思うんです。
 それから、私は、区別はします、ずっと。差別なんかでは小説を書けないし、書けることはない、人生は面白くないので、政治的な見方をしたことがないです。それだけです」

 
反町キャスター
「曽野さんの話に納得される部分はありますか?」
 
ペコ氏
「私は慎重であるべきだと思います。注意しなくてはなりません。この記事は、コンテクストの中に書いてあったと思いますが、南アフリカのコンテクストで理解するということで話しあいをしなくてはと思ったんです。
 曽野さんにもちろん、自分のご意見があるということは当然いいのですが、なぜ議論になったのかというと、それは南アフリカを引きあいに出していたからということです。いかにこの区別をするというのが、南アフリカでいいかということについて、私に言わせれば、それはアパルトヘイトの考え方です。
 ですので、この議論になったんですけれども、それは完全に間違っていると思うんです。そういった歴史には二度と立ち戻りたくない。どんな国でもそんな歴史には戻ってほしくないと思うんです。個人はもちろんです。個人がそれぞれ選択するということは当然です。日本はその選択をしなくてはなりません。
 私達が言いたいことは、ただ単に非常にこれは重要であると、自分が何か政策を行うという時には、是非日本はこんなアパルトヘイトのような制度は決して使ってほしくないということです。
 私達の歴史に基づきましては有害であると。傷を残してしまうと、国に対して。また、非常に長い時間をかけないと、癒しをすることができない。その傷を癒すことはできない。まだ、現在でもアパルトヘイトの分離ということがあったために、その傷とともに生きています。20年間かかったんです。それでもまだこういった傷が癒えていないんです。ですから、これは非常に重要だと思うんです。
 私達は常に促進していかなくてはならない。一緒に生きていくということです。集合して、平和に生きていく。理解を、橋渡しをしていく。この文化の障壁を壊していくということをしなくてはならない。お互いを理解するということをしなくてはならない。それが世界に対して、うまくいくことだと思うんです。
 世界のいろいろな人達は今日では宗教にもとづいて、人種にもとづいて、多くのことにもとづいて、分けたいと考えているんです。それが多くの摩擦をまた戦いを世界の中で生むもとになっているんです」

 
曽野氏
「皆が共同生活をもちろん、公的に認めながら、個性を豊かに楽しくできる場所をつくった方がいいということです。リトル東京や、シンガポールにはアラブストリートというのがありました。イスラムの方達ですけれど、その方達を尊敬して守るということ。
 尊敬し、守って、その方達の文化を我々が共有しようという面と同時に、その方達の固有のものを守るというのが、日本の姿勢のように思っています。両方、同時にやらなければならないということです。難しいことですけれど」

 
反町キャスター
「ペコさん、南アフリカ関連のNPOとか、NGOから曽野さんに対する批判の声があがっています。それはここで行われたような議論を踏まえてのものとは、僕には思えない。
 きちんとした曽野さんの理解を踏またうえでの、曽野さんに対する批判がNPONGOから噴き出たのかどうかについては極めて疑問に感じる部分もあるのですが、大使は曽野さんの言葉に対して現在どのように思っているのか。非常に重要な彼らの発信への1つの物差しになると思うんですけれども、直接会ったことを踏まえて、ここで話をしたことも踏まえて、NPONGOが曽野さんに対して浴びせかけた非難の声というのは、いかがですか。それは未だに正しいものと思うのか。
 そこには多少の誤解があったと思うのか。それはどう感じていますか?」
 
ペコ氏
「私がこの記事を読んでいるのと同じような形で、そのようなアパルトヘイトが、日本で良い政策のやり方ではないというようなことを感じとったから、こういう反応が出てきたのだと思います。これは不正であるという、そういう反応が出てきたのは確かだと思うんです。
 それは不公正だと思った場合には声を上げなければならない。NPOそれぞれにそういう権利があると思うんです。それは大事なことだと思います。それは尊重すべきだと思うんですね。それは言論の自由の一部だと思うんです。日本が言論の自由を守っている国ですから。
 これは曽野さんにも申し上げたのですが、曽野さんは本当に残念だったと思います。この記事を書いたうえで、その同じ週に私達がお祝いをしていたということです。ネルソン・マンデラ氏が解放されて25年というのを祝っているのと同じ週だったんです。
 ですので、その記事がどういう印象を与えていたのかというと、いろんな感情を巻き起こしたということです。アパルトヘイトがどんなに日本で、また世界で受け止められたかということに対する反対の感情を引き起こしてしまったということです」

 
曽野氏
「記事が載りましたのが2月11日だったんです。建国記念日に出た。ところが、私の原稿は毎週水曜日です。だから、ほとんど11日に出るということも思わずに毎週月曜日には渡す。でも、そこまで思う方はお思いになったらしいんですよ。
 日本の建国で、日本人であることを訴えるために、こういうことを言ったというのは、私は本当にうかつと言えばうかつで、そんなことを考えないでモノを書きますので。私にジャーナリスティックな才能がきっとないのだろうと思います」

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 反町さんの取りまとめが、唐突な感じがするので、放送は、これだけなのか、編集でカットしている部分がかなりあるんじゃないかとも思えてしまうが、ペコ大使の発言は、しっかり筋が通っているんで、曽野さんの受け答えもこうだったんだろうと思う。
 
 ひとつだけ、言っておきたいのは、遠藤キャスターの曽野さんのコラムの紹介の部分。
 
「コラムの前半は、今後、日本は労働者移民を認めて、移民を法的に守らなくてはいけないとしています。」としているが、この紹介だと、
日本政府が、移民の立場や権利を、守る。 と理解されるわけですが、
 
曽野さんのコラムでは、
「移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らなければならない。条件を納得の上で日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは、何ら非人道的なことではないのである。不法滞在という状態を避けなければ、移民の受け容れも、結局のところは長続きしない。」
 移民に、日本の「移民としての法的身分」を「守れ」、「日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせる」→不法移民を作らないために。
 と、書いているので、主体(移民)と客体(日本〈政府〉)が、逆になってる。
 
遠藤キャスターは、慶応大学卒業だそうだが、入試の現国で、このまとめを選択したら、落ちるでしょう。
 
 原稿を読んでるだけ、と思うが、ちゃんとコラム読んでるのか疑問に思いました。