小笠原諸島西方沖の地震

 この地震が、通常では、めったに見られない地震であるということだけをとりあえず、示しておきたいと思います。

 太平洋プレートは、フィリッピン海プレートにもぐり込み、上部マントルから下部マントルの境界面(深さ660km付近)で水平方向に滞留している、と考えられているそうです。
 気象庁が発表したこの地震震源データでもある程度、見て取れます。

 今回の地震は、その太平洋プレート(スラブ)の最下部で発生しています。そして、引っぱり方向の力が働いています。
 これは、スラブが、下部マントルに落ち込む動きをした、ということでしょうか?
(6/1 18:00 追記 スラブが水平に滞留しているとされる位置は、今回に地震よりもっと西側と考えられます。)

 小笠原付近でも、深層地震は発生していますが、深さ600kmより深いところでは、起きていません。
 日本の周囲でも、600km以下の深さで発生した地震は、1885年以降のデータのあるものでは、10回ほどしかないのです。
 
 東日本大震災や、東海〜東南海地震の発生機構とは、まったく違うものだと思います。
 単純に海溝で起きたから、他の海溝型地震の危険性が高まったとは、言えないと考えます。
 
 専門家にしっかりとした解説をお願いしたいと思います。

6/1 18:00 追記
神戸大学名誉教授 石橋克彦さんのコメントを見つけました。

それによると、太平洋プレートの沈み込みを進める方向に作用するということから、

「そうであれば、(太平洋スラブの中で深発地震が続発する可能性に加えて) 伊豆・小笠原海溝沿いの浅い部分での大地震発生に繋がる可能性も考えられる (伊豆・小笠原海溝は、茨城県沖の第一鹿島海山まで続く) 。」
という見解でした。

 太平洋プレートの沈み込みの留め金が一つずつ外れている、という説明には、なるほどと思いますが、《太平洋プレートが一層、フィリッピン海プレートを押す。→東海地震が起きる可能性が高まる。》などと、関連性の連鎖が、強調されてしまい、《とにかく危ない、大地震も噴火も》となって、「煽った方が勝ち」になりそうで、いやだなぁ。
 次に起こる可能性の高いとされている事象が、どう、起きていくのかに注目していきます。

 


 この図は、地震検索システム EQLIST(フリーソフト)を使って作成しました。。
 公的機関のデータベースから日本周辺で発生したマグニチュード4以上の地震情報を検索し、地震諸元を表示し、震源位置を地図上に表示することができます。

 深度100kmごとの震源分布を作成しました。





 T. Kamada さん ありがとうございました。
http://www5b.biglobe.ne.jp/t-kamada/CBuilder/eqlist.htm

この小笠原の深層地震を理解するために必要な知識に、プレート沈み込み帯の構造の理解があると思い調べてみました。

Topic 22 マントル遷移層の化学組成解明
 理化学研究所(RIKEN) SPring-8
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/publications/scientific_results/earth_science/topic22
研究グループは、SPring-8の実験で得たデータを検討した結果、660 km不連続面直上の遷移層下部の地震波速度をもっともよく説明できるのは、「ハルツバージャイト」であるという結果を出した。ハルツバージャイトは斜方輝石かんらん岩とも呼ばれるかんらん岩の一種である。

「プレートの墓場」が存在する可能性

 660 km不連続面直上のマントル遷移層下部の主要鉱物がハルツバージャイトであるという知見は、主要鉱物の同定という成果のみにとどまらない大きな意味をもつ。「プレートの墓場」が確認された可能性を示唆しているのである。

 ハルツバージャイトは沈み込んだプレートの主要物質であることがわかっている。また日本列島直下のようにプレートが沈み込む領域の660 km付近に「スタグナントスラブ」というプレートがたまっていることが確認されている。このプレートはある大きさになると、下部マントルに崩落すると考えられており、「遷移層下部の主要鉱物はハルツバージャイト」という見解によって、スタグナントスラブが地球全域の数十kmから100 km程度に層となって存在する可能性が出てきた。これが沈み込んだプレートが横たわる領域、つまりプレートの墓場である(図3)。

 660 kmに達したプレートがトイレの水を流すように下部マントルに崩落し、地表に大きな変動を及ぼす「フラッシング」というモデルが提唱されている。また崩落した冷たいプレートの塊に対応する量の熱い物質が、マントルと核の境界から崩落に同期して上昇してくる「巨大ホットプルーム」モデルも提唱されている。しかし「プレートの墓場」が広範に存在するなら、多くのプレートは660 km付近の領域にとどまることになる。すなわち「日本沈没」に象徴されるような急激なプレートの崩落による地殻大変動は起こらないことになる。この一連の成果は、2008年2月、英科学誌『Nature』で紹介され、世界の注目を集めた。

日本周辺の太平洋プレート(スラブ)の位置についての研究があり、スラブの位置が地震震源と対応していることがわかります。

沈み込んだ海洋プレートがマントル遷移層に滞留するときに生じる亀裂を世界で初めて発見
 独立行政法人 海洋研究開発機構 地球内部ダイナミクス領域 地球深部構造研究チーム
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20090529/
2.背景
 大林主任研究員らは、マントルに沈み込んだスラブは、上部・下部マントル遷移層内に一旦滞留する(スタグナントスラブ)傾向があることを明らかにしてきました。

 日本海溝や伊豆小笠原海溝から沈み込んだスラブもこうした傾向にあり深さ660kmの上部−下部マントル境界の上でほぼ水平に滞留しています。スラブの滞留とそれに続く下部マントルへの崩落の過程は表層プレートの運動史を理解する鍵であると考えられますが、スタグナントスラブ自体の力学的性質やスラブが滞留するときどんなことが起こるのかはこれまで分かっていませんでした。


3.研究方法の概要
 スタグナントスラブの実態と周囲のマントル環境を明らかにするため、海底における地震・電磁波観測、西太平洋海洋島を中心とした広帯域地震観測網(当機構、防災科学技術研究所東京大学地震研研究所)や国内の高密度な高感度地震観測網HI-NET(防災科学技術研究所)などの地震観測網によるデータを組み合わせて、西南日本マントル遷移層に焦点を当てた地震波解析を行いました。

4.結果
 西太平洋域の地震観測網のデータを解析する等で地震波トモグラフィーの分解能を向上させたところ、日本海溝−伊豆小笠原海溝会合点下でスラブを示す地震波高速異常に鮮明な間隙があることを見出しました(図3(B) 矢印(a)、図4)。間隙は近畿地方下深さおよそ300kmから黄海下深さおよそ700kmにわたり見られます。この間隙はスラブの中で発生するはずの深発地震空白域と一致し、スラブの裂け目を意味しています。

 日本海溝と伊豆小笠原海溝は「く」の字型に曲がってつながっており、スラブもまた「く」の字型に沈み込んでいます。そのようなスラブがマントル遷移層に突入して水平に曲がるためには、会合点でスラブは裂けて隙間を作る(図3(A))か、液体のように流れて遷移層に溜まるかのどちらかです。
 今回のスラブの亀裂の発見は、マントル遷移層内でスラブは流れたりせず、地表のプレートと同じように割れたり裂けたりすることを示したもので、スタグナントスラブの力学的性質を観測から明らかにしたものです。

 また、地震波形の解析から、深さ350km亀裂の先端付近ではスラブ内の応力場が沈み込む方向に平行な圧縮場である周囲と異なり、水平方向の張力場であることが示され(図3(B)矢印(b))、これは現在でもスラブの亀裂が進行していることを表しています。

5.今後の展望
 地球の表層の挙動は、硬くて割れたり裂けたりする性質を持つプレートの運動によって説明されてきましたが、マントル深くまで沈み込んだスラブの性質について観測からわかることはごく限られていました。今回の画期的な発見をきっかけに、スラブの性質とその挙動についての理解が大きく進み、表層プレートの運動史ひいては地球進化の解読へとつながることが期待されます。



日本列島の地震活動/2015.5.30小笠原諸島西方沖地震
神戸大学名誉教授 石橋克彦さんのコメント http://blog.zaq.ne.jp/ishibashi/

 表記の地震の意味、東日本大震災との関連性、今後への影響などについて、私の考えを述べる。
【6月1日10:00追記:この記事を投稿後、気象庁がM8.1, 深さ682kmに修正したことを知ったが、本記事は訂正しないでおく。その修正の報道発表資料の図を見ると、本震の震源は、中小深発地震震源分布から100km以上も離れて孤立している。これは注目すべきことで、この領域のスラブ (下記参照) がどうなっているのか、今回の地震が本当に断層のズレだったのか、などに関して活発な研究がおこなわれ、貴重な新知見が得られるだろう/追記終。12:00にオホーツク海地震の深さ・出典を修正・加筆】

 2015年5月30日 (土) の20時23分に、小笠原諸島西方沖で巨大深発地震が発生し、東京都小笠原村と神奈川県二宮町で震度5強、埼玉県鴻巣市春日部市南埼玉郡宮代町で震度5弱を観測したほか、北海道から沖縄県までの全国で揺れを感じた。「深発地震」とは、深さ300km以深で起こる地震のことである。

 気象庁の速報値でM (マグニチュード) 8.5、震源の深さ約590kmとされ、新聞各紙の31日付朝刊には、世界最深・最大のまれな地震などという解説や専門家のコメントが載った。しかし、Mと深さは暫定値で、今後修正される可能性があることにも注意すると、後述のように、必ずしも世界最深・最大ではないかもしれず、とくに珍しい地震というわけでもない (ただし、M7以上の深発地震がときどき起こるこの地域としては、一番深くて最大) 。なお、米国地質調査所 (USGS) はMw (モーメントマグニチュード) 7.8、深さ約670kmとしている。気象庁もMwは7.8である (速報値) 。

 この地震は、小笠原諸島東方の伊豆・小笠原海溝から西向きに伊豆・小笠原諸島の下に沈み込んだ太平洋プレートの内部で発生した。沈み込んだ太平洋プレートを太平洋スラブというので、「スラブ内地震」と呼ばれるタイプである。
 【長周期地震動について 中略】

 1994年に、南米中部の太平洋側で、震源の深さ約630km、Mw8.2のボリビア地震が起きており、今回の地震が世界最大の深発地震というわけでもないだろう (ボリビア地震は南米プレートの下に沈み込んだナツカプレートの中で発生。南米の広範囲と米国でも揺れを感じ、死者10人などの被害を生じた) 。最近の日本列島周辺でも、2012年8月14日のオホーツク海南部地震 (Mw7.7, 深さ583km, USGS) 、2013年5月24日のオホーツク海地震 (Mw8.3, 深さ598km, USGS) などが発生している。

 気象庁USGSによる発震機構解 (メカニズム解ともいう;どのような力によって、どんな震源断層のズレが生じたかを示すもの) は、ほぼ鉛直の圧縮力と水平方向 (向きは東西) の伸張力によって太平洋スラブ (この地域では急角度で沈み込んでいて、鉛直に近い) がほぼ鉛直方向に短縮するようなもの (正断層型) である。

 なぜ今回の地震が起きたかは今後の研究課題だが、一つの見方として、以下のように、東日本大震災を生じた2011年3月11日の東北日本太平洋沖地震 (Mw9.0) の波及効果が考えられる。
 3・11の東北沖地震は、東北日本の陸のプレートと、日本海溝からその下に沈み込む太平洋プレートとの境界面が広範囲に破壊した「プレート間巨大地震」であった。つまり、3・11地震の発生によって、年間約8cmで西北西に移動する太平洋プレートに対する抵抗が東北沖で外れた。その結果、伊豆・小笠原海溝における太平洋プレートの沈み込みも若干促進されるセンスとなり、地下の太平洋スラブの下方への動きも多少大きくなって、スラブ最深部付近のほぼ鉛直圧縮力がやや増大したのではないかと推測される。それがスラブの破壊強度を超えて、巨大地震が起きてしまったのではないだろうか。
 2012年や2013年のオホーツク海の深発巨大地震も、同じようなカラクリで発生したのかもしれない。

 この考え方によれば、今回の深発巨大地震は、(局所的現象ではあるが) 太平洋プレートの沈み込みをさらに促進する向きに作用すると考えられる。そうであれば、(太平洋スラブの中で深発地震が続発する可能性に加えて) 伊豆・小笠原海溝沿いの浅い部分での大地震発生に繋がる可能性も考えられる (伊豆・小笠原海溝は、茨城県沖の第一鹿島海山まで続く) 。
 つまり、太平洋プレートと上盤プレートの境界面が破壊するプレート間 (巨) 大地震と、太平洋プレートの海溝以東の部分で岩板破壊が生じる「アウターライズ地震」の続発の可能性が、年単位の中期的スパンで考えられるのである。これらの地震は、今回の深発地震とは違って、地震動のほかに津波も発生させる。

 今回の地震の約7時間後、5月31日03時49分に、鳥島近海の伊豆・小笠原海溝の東側で、M6.3、震源の深さ約10km (気象庁) の地震が発生し、小笠原諸島から青森県までの太平洋プレート縁辺が揺れを感じた。USGSによる発震機構解は、北東-南西方向の伸張力による正断層型で、アウターライズ地震だと考えられ、上記の私の考えと調和する地震だとみなされる。

 なお、今回の小笠原諸島西方沖地震の発生も、3・11以降の日本列島ほぼ全域の地震活動活発化と同様に、東北地方太平洋沖地震の影響を受けていると考えるわけだが、列島の大部分の地域に関しては、上述のようなメカニズムではなくて、3・11巨大地震の発生に伴うアムールプレートの東進加速が本質的原因だと考えている。この考えについては、拙著『南海トラフ巨大地震ー歴史・科学・社会』で詳しく説明した。